2026年 「新春放談」
2026年の幕開けに俳優の「中山忍氏」をゲストに迎え、地域とともに生きる企業、行政、文化人が語るこれからのまちづくりについて、楽しく語り合っていただきました。
広報誌面に掲載しきれなかった貴重なお話しを「追加」掲載いたします
出席者:ゲスト:俳優 中山忍氏、日野税務署長:佐藤浩一氏、日野法人会長:飯島康裕氏、司会:広報委員長 木村一郎氏







創業当時の話~飯島会長
飯島:
私は平成元年に、不動産の賃貸仲介・管理を主な業務として仕事を始めました。父は不動産売買を専門にしており、当初は一緒に仕事をしていた時期もありましたが、やはり親子での経営は難しいと感じまして、別会社を立ち上げ、賃貸仲介や管理を中心に取り組むことにしました。
ちょうどバブル景気の良い時代でもあり、正直なところ、努力をしなくても仕事が回るような環境はありました。また、地盤とのご縁もあり、「何とかなるだろう」という思いもあったのが本音です。ただし、信頼と実績だけは自分自身で積み上げなければならない。その覚悟でスタートしました。
私は一発勝負ができる性格ではありませんので、地道にコツコツと、さまざまなことに挑戦してきました。うまくいかなかった時もありましたが、「人を悲しませるような仕事だけはしてはいけない」という思いだけは、常に大切にしてきました。
現在も零細企業のままではありますが、36年間、ここまで事業を続けてこられたのは、ひとえに地元の皆さまにごひいきいただいているおかげだと感謝しております。不動産仲介の仕事は、弁護士のようにどちらか一方の立場に立つのではなく、売り手・買い手、貸し手・借り手の双方が納得できる形をつくることが求められます。常に「ウイン・ウイン」の関係を意識しながら仕事をしてきました。
今、最も大きな課題は「次の世代へどう引き継ぐか」です。仕事のやり方や商売の形も変わり、デジタル化が進む中で、私ではやり切れない部分を、どう次の世代に渡していくのか。継続することが一番大変だと思っています。「継続は力なり」と言いますが、どうすれば事業を持続させられるのか、日々考えているところです。
会社は小さいですが、もう少し長く続けていきたいと思っておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
佐藤署長の税務署に入られた動機や、これまでのご経験の中で特に印象に残っている出来事
佐藤:
私はもともと、社会の仕組みを支える仕事に携わりたいと考えておりました。中でも税務行政は、社会全体の公平性を保ち、国や地域の暮らしを支える歳入を預かる重要な役割を担っています。その点に大きな魅力を感じ、また「公正さ」と「信頼」が何より求められる仕事であることに強く惹かれ、税務の世界を志しました。
ただ、実は税務署での経験はそれほど長くありません。直前までは、約25年間、財務省に勤務しておりました。財務省では、皆さまからお預かりした税金を、どの政策にどれだけ配分するのかという、いわば国の予算配分に携わる仕事をしておりました。社会のためになる仕事をしたいという私の思いと合致しており、本省に行っても「早く戻りたい」と思うことはなく、ここで頑張ろうと続けてきました。
特に印象に残っているのは、3年間務めた財務大臣秘書官室での経験です。大臣の日程管理や関係各省庁との連絡・調整を行う仕事で、大臣のスケジュールは朝から晩まで分刻みでした。国会対応、陳情、G7などの海外出張、記者会見など、非常に多忙な日々でした。
その中で、大臣が常に最大のパフォーマンスを発揮できるよう、適切なタイミングで休憩を入れるなど、細やかな気配りをすることも重要な役割でした。在任中、5人の大臣にお仕えしましたが、どの方も日本の将来や国民の幸せを真剣に考え、公務を最優先に取り組んでおられました。
こうした経験を通じて、政策がどのように形作られ、国の方向性が決まっていくのかを間近で見ることができ、自身の視野も広がったと感じています。本当に貴重な経験だったと思っております。
中小企業の支援、人材確保、地域連携
飯島:
商工会議所や商工会など、さまざまな団体と連携する中で、現在、最も大きな課題の一つが人材不足です。外国人材の活用も一つの選択肢ですが、同時に、日本人の受け入れ体制についても考えなければなりません。雇う以上は、責任を持って育て、最後まで面倒を見る覚悟が必要です。受け入れる側の心構えも、改めて学ぶ必要があると感じています。
特に介護分野では人材不足が深刻です。一方で、将来的に需要が減った場合をどうするのかという課題もあります。いずれにしても、誰もが働きやすい環境をどう整えるかが重要だと思います。
多摩ニュータウンを中心に、多摩市、稲城市では高齢化が非常に早く進んでおり、全国でもトップクラスではないかと感じています。病床数を増やせない中で、訪問看護が重要な役割を果たしていますが、そこでも人材が不足しています。外国人を受け入れたいが、日本語の壁が高いという現実もあります。
一方で、日本語学校に通いながら働く外国人の方も多く、コンビニに行くと驚くほど日本語が上手です。環境が人を育てるのだと実感します。こうした環境をどう整えていくのか、行政や各団体と対話を重ねながら考えていくことが、これからの時代に必要だと思っています。
若手経営者や女性リーダーの活躍について
飯島:
私は、性別や年齢で人を分けて考えることはしていません。世代を超えて多くの方とコミュニケーションを取り、デジタルの時代であっても、やはり人と人が顔を合わせて話すことが一番大切だと思っています。
法人会には50歳までの青年部会があり、非常に活発に活動しています。租税教室では、多摩・稲城の小学校15校37クラス、約1,100人の児童に税について学んでいただきました。また、女性部会では、税に関する絵はがきコンクールを毎年実施し、きめ細かな活動を続けています。
青年部会の行動力やスピード感、女性部会の丁寧で優しい視点は、私たちには真似のできない素晴らしいものです。年齢や性別に関係なく、互いの強みを活かしながら協力していくことが、法人会の発展につながると考えています。
税を通じて、社会とどう向き合うか
司会:
それでは税の信頼関係について佐藤署長にお伺いいたしたいと思います。税は信頼の上に成り立つ社会制度とも言われております。地域の法人会や納税者の皆さんと、より良い環境を築くために意識されていることはございますでしょうか。
佐藤:
おっしゃるとおり、税はまさに信頼の上に成り立つ社会制度です。だからこそ、私たちは「顔が見える税務署」「地域に根ざした税務署」を目指しています。そのために大切にしているのが、対話と分かりやすさ、そしてコミュニケーションです。
税制度は複雑で難解ですが、丁寧に説明し、ご理解・ご納得いただいた上で申告・納税していただく環境を整えることが、私たちの使命です。その実現には、法人会をはじめとする関係団体との連携が欠かせません。今後もパートナーとして信頼関係を築きながら、地域に根ざした活動を進めていきたいと考えております。
最近では法人会の広報部門の方でWeb会議などのツールも活用されていると伺っています。税務当局としても、技術を活かしながら、より良いコミュニケーションを図っていければと思っております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
中山忍さん特集
芸能界入りのきっかけ
中山:
芸能界に入ったきっかけは、三つ上の姉の存在です。私は子どもの頃、日曜日に放送されていた名作アニメ劇場を見るのが好きな、いわゆる普通の子どもでした。一方、姉は昔から歌が大好きで、同じ時間帯に放送されていた歌番組をよく見ていました。私はアニメ、姉は歌番組、という感じでしたね。
その姉が先に芸能界デビューをし、その後3年ほど経った頃に「ドラマに出てみませんか」というお話をいただきました。正直、よく分からないまま飛び込んだ世界でしたが、「キラキラしているな」という印象が強くて、そのまま一歩を踏み出した、というのが正直なところです。

人とのつながり、地域とのつながり
司会:
映画やドラマのロケなどを通じて、地域の温かさや、人とのつながりを感じられたご経験はございますか。
中山:
そうですね。今は少なくなりましたが、2時間サスペンスが全盛だった頃は、北から南まで、行っていない都道府県がないほど、全国各地で撮影をさせていただきました。
司会:
ありましたね、刑事ものや湯けむりシリーズ。
中山:
そうなんです。「旅情」や「湯けむり」とタイトルにつくと、視聴率が高くなると聞いたことがあります(笑)。
撮影期間は作品によって異なりますが、2週間から1か月ほど、同じ土地でお世話になることもありました。観光というわけにはいきませんが、撮影の合間にお城や断崖など、その土地ならではの場所を訪れることもありました。
朝早い撮影の時には、地元の方が温かい汁物を用意してくださったり、撮影に協力してくださったりすることも多く、本当にありがたかったですね。
司会:
お宿の方や地域の方と交流されることも?
中山:
はい。「明日のお昼だけ時間があるんですけど、どこか美味しいところありますか?」と聞くと、ラーメン屋さんやお蕎麦屋さんを教えてくださったりして。そういう何気ないやり取りも、すごく心に残っています。

長く俳優を続ける中で大切にしていること
司会:
俳優活動も長く続けていらっしゃいますが、チームで作品をつくる中で、特に心がけていることはありますか。
中山:
15歳でデビューして、今52歳ですから、38年この仕事を続けてきました。最初の頃は本当に何も分からず、言われたことを必死にやるだけでしたが、年齢を重ねるにつれて、「コミュニケーション」が一番大切だと感じるようになりました。
共演者には年上の方も若い方もいらっしゃいますが、できるだけその方がどんな作品に出てこられたのかを拝見したり、「あの作品の撮影はどうでしたか?」とお話を伺ったりしています。今はコンプライアンスやハラスメントにも気を配らなければなりませんが、それでもやはり、直接話すことはとても大切だと思っています。
「この人は今、何を考えているんだろう」「何を必要としているんだろう」と考えながら、年齢の壁を越えて会話をするようになりました。
仕事はどうしても厳しさが伴います。寒い、朝が早い、夜が遅い──それは当たり前にあることです。でも、その厳しさを「仕方がない」と受け止めながら、手を取り合って一緒に頑張っていく。そのためにも会話が大事なんだと、50代になって改めて感じています。
俳優・中山忍が語る「仕事を続ける原動力」
中山:
年齢を重ねると、若い頃ほど叱られなくなってきますが、「今の芝居で本当に良かったのかな」と、今でも悩みます。30年以上やっていても、正解はありません。
「これはうまくできた」と思っても、監督から「違う、もう一回」と言われることもあります。でも、それがこの仕事の面白さでもあります。何年やっても正解がなく、終わりがない。だからこそ、もっと上手くなりたいという気持ちが、ずっとモチベーションになっています。
映画は配信でも観られますが、劇場で観る良さはやはり格別です。最近のドルビーシネマは音響が素晴らしく、怪獣映画の再上映を観たときには、地響きや爆風を体感できて、「これが映画館だ」と改めて思いました。
舞台も同じで、同じ芝居でも毎日違う。相手が変われば自分も変わる。その相乗効果がとても面白くて、飽きることがありません。気がつけば38年続けてきましたが、「お芝居だけは飽きない」。それが、私がこの仕事を続けてこられた理由だと思います。

映画「ソーゾク」について
司会:
昨年10月に全国公開された映画『ソーゾク』について、まずは鑑賞された飯島会長から一言お願いいたします。
飯島:
11月半ば、有楽町の映画館で拝見しました。不動産業をしていると相続には日常的に関わりますので、非常に身につまされる内容でした。
「ソーゾク」がなぜカタカナなのかと思って観ていましたが、「相を続く」「争い続く」「想い続く」という三つの意味が示されたとき、なるほどと思いました。博多弁も見事でしたし、特に最後、亡くなった方の想いをどう受け継ぐかという場面は、胸に響きました。相続で揉める現場を多く見てきたからこそ、あのラストはとても印象的でした。
司会:
では、ご出演された中山忍さんからもお願いいたします。
中山:
義理のお母さんが亡くなったところから物語が始まり、私が演じた早苗は長男の嫁という役です。長男は3年前に亡くなっており、「嫁には相続の権利がない」という立場から物語が進んでいきます。
それぞれが自分の主張をすると、簡単には丸く収まらない。そんな現実を描いた作品です。松本明子さん演じる相談士が「遺言書は家族への最後のラブレターです」と語る場面は、演じながらも胸に響きました。
できれば、もめずに仲良く相続できるのが理想ですが、人生はそう簡単ではありません。それでも最後は、温かい気持ちで“ラブレター”を受け取ってほしい。そんな思いで演じました。
司会:
ありがとうございました。
佐藤:
私も拝見しました。
中山:
ありがとうございます。
飯島:
最後の赤い傘が印象的でした。
中山:
あの傘には、言葉にできない思いを込めています。いろいろな案がありましたが、最終的にあの形になりました。

